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ひと/松尾芭蕉(俳聖)

 1600(慶長5)年に徳川家康が、関が原の戦いに勝利して
天下の実権を握った後、伊賀・伊勢(三重県)32万石は藤堂
高虎の領国になりました。
 俳句でおなじみの松尾芭蕉は、その藤堂家の居城がある
伊賀上野(上野市)赤坂町に、松尾与左衛門の次男・金作として
1644(正保元)年に生まれました。
 芭蕉19歳の1662(寛文2)年に藤堂家に出仕し、2歳
年上の良忠(よしただ)に近習役として仕えます。ところが
4年後の1666(寛文6)年4月25日、良忠は25歳の若さ
で急死してしまいます。
 良忠の俳号は「蝉吟(せんぎん)」。幼虫を暗い地下世界で3年
ほど過ごした後、成虫となり夏の数週間を太陽の下で精一杯
生きて、死んでゆく蝉という生き物。若き日の芭蕉は、人の
命の無常を思い、やがて禅に深く傾倒してゆく事になります。
 時移り1689(元禄2)年3月27日、45歳の芭蕉は
「奥の細道」の旅に出立します。深川から奥州街道を北上し、
白河、松島、平泉を経て奥羽山脈を越え、5月27日山形領
立石寺(山寺)に到着します。
「岩の上にさらに大きな岩が重なって山が出来ていて、その
切り立った崖っぷちを回り、岩を這うようにして仏堂を拝ん
だ」と書いています。
 山寺は今でこそ観光地としてにぎわっていますが、当時は
山奥の静かな寺だった事でしょう。ひっそりと静かな瞑想的
空間は、芭蕉がたどり着いた禅の境地でしょうか? 岩や老木
は、悠久の時間を感じさせます。旧暦の5月27日は、新暦
の6月下旬。蝉はまだ鳴きません。しかし芭蕉は、
「閑(しづか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」と詠います。蝉の
声とは、若くして亡くなった蝉吟を連想させます。
 禅には「日面仏(にちめんぶつ)月面仏(がちめんぶつ)」
という言葉があります。日面仏の寿命は1800歳。
月面仏はわずか一昼夜。この言葉は、命は長短ではなく、
どちらも価値ある生であると教えています。
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